コラム

トップ > コラム

コラム

12月 18 2016

■ オプション取引の判例(裁判)

・相場を張るのはプロでも難しい?(事案の概要)

少し古い裁判例ですが,証券外務員Aが,損失を抱えた一般投資家Xに対し,株価は下がる可能性が高く,Xの保有株についても値下がりが予想されるとして,プットオプションの買による株価値下がりの回避を提案して,オプション取引を行わせ損を拡大させたという事案があります。この事件で,東京地裁平成6年6月30日判決は,Aの説明が,概要,オプションとは日経平均株価を買い付け又は売り付ける権利であること,オプションの買の場合には投資金額がリスクの最大限になるが,売の場合にはリスクの限定は不可能であること,買にはコールとプットがあり,コールは株式市場が上昇したときに利益が出て,プットは下落したときに利益が出ること等に留まるものであったと認定し,次のように,述べています。

・東京地裁平成6年6月30日判決

「日経平均株価指数オプション取引は,株式市場全体の動向を膨大な情報をもとに正確にかつ短時間のうちに判断することを必要とするものであり,それでも判断を誤る危険性も極めて大きく,一般投資家がたやすく行い得るものではないと考えられる。また,その内容についても,一般投資家が理解することは容易ではなく,現に証人Tの証言によれば,被告の支店長であるTですら,オプション取引はよく分からないと自認しているところであるにもかかわらず,Aは,説明書を示すでもなく,単に実例を示して口頭で値動き等について概括的な説明をしたにとどまるのであり,説明の内容において不十分というべきである。」

「2000万円もの損失を生じたXが,その損失をカバーするために始めた被告における取引においても,逆に1億5000万円を超える巨額の評価損を上積みしてしまっていたというのであるから,Xがこれを取り戻す方法はないかと強く迫ったからといって,また,その了解を得たからといって,更に損失を拡大する危険も大きいオプション取引を勧めること自体,不適当といわざるを得ない。もっとも,Xは,500万円から1000万円の範囲内では失敗してもやむを得ないと考えて,本件オプション取引に踏み切ったとも見られるのであるが,たとえそうであっても,巨額の損失に動揺していた時期にあるXは,損失を取り戻すための賭ともいうべき行動に出たと評価すべきであって,それを勧めて行わせた被告の責任は否定し難いところである。」と。

・オプション取引の受託業務と具体的な注意義務(的を射た洞察)

紹介した平成6年6月30日判決で,裁判所は,オプション取引が,当時の証券会社の一支店長ですら理解できない取引であることを指摘して,一般投資家に勧誘することを問題としました。しかも,「巨額の損失に動揺していた時期にあるXは,損失を取り戻すための賭ともいうべき行動に出たと評価すべき」と指摘しています。

この指摘は,平たく言えば,金額が大きくなって損得の感覚がまひしてしまう傾向があるということ,損が拡大した状況で損失が更に拡大するインパクトは小さく感じられる傾向にあるということ(価値関数・感応度逓減性)や,損失局面では損失の回復可能性を過大評価する傾向にある(確率加重関数)といった行動経済学のプロスペクト理論の考え方にも裏付けられます。

当コラムでも,実需に基づいた必要から,ヘッジ手段としてのプットオプション買が行われることを指摘したことがあります。裁判官は,フットインザドアーテクニックと呼ばれる,コミットメントと一貫性という人間心理を利用した勧誘と同じく,とにかく取引を始めさせてしまえというやり方がよくないと考えたのでしょう。

取引開始の動機が,プットオプションの買による株価値下がりの回避の目的であっても,投資家側が真に理解していなければ,一般投資家には不向きであると洞察したのです。

判決時期からして,考え抜いた結果の判断を示されたものとして敬意を表すべきだと思います。

 

・最高裁平成17年7月14日判決の2つの弊害

小見出しの最高裁判決は,この業界一般には,適合性原則違反が,民事の不法行為に基づく損害賠償請求の原因になりうることを認めたものとして理解されています。しかし,その理由付けや判示内容からは,次のような2つの弊害が生じていることも否めません。

・オプションの習熟の程度は?(取引回数のみに目を向けてしまう誤解の原因)

最高裁の平成17年判決の事案は,法人である一般投資家側が,プレミアム獲得目的で選択したプットオプションの売取引による損失が,複数回成功した後の失敗であった事案です。

1つめの弊害としては,最高裁が,上場市場が存在することや,「基礎商品となる日経平均株価やオプション料の値動き等は,経済紙はもとより一般の日刊紙にも掲載され,一般投資家にも情報提供されているなど,投資者の保護のための一定の制度的保障と情報環境が整備されている」と指摘し,新聞やテレビで日経平均株価の値段という情報に接し易いことを投資家側を負かす理由に掲げた点です。

値段が「上がる・下がる」ということくらいは,日々のニュースで報じられる数値をノートすれば追えるのでしょうが,オプション取引の難しさというのは,単に,プレミアムの大小や対象指標の上げ下げだけではないのです。

最高裁は,「投資者の保護のための一定の制度的保障と情報環境が整備されている」ことを指摘していますが,事案の投資家の請求を排斥する理由として,「1回目及び2回目のオプション取引では,専らコール・オプションの買い取引のみを,数量的にも限定的に行い,その結果としての利益の計上と損失の負担を実際に経験していること,こうした経験も踏まえ,平成3年2月に初めてオプションの売り取引(3回目のオプション取引)を始めたが,その際,オプション取引の損失が1000万円を超えたらこれをやめるという方針を自ら立て,実際,損失が1000万円を超えた平成4年4月には,自らの判断によりこれを終了させるなどして,自律的なリスク管理を行っていること,その後,平成4年12月に再び売り取引を中心とするオプション取引(4回目のオプション取引)を始めたが,大きな損失の原因となった期末にオプションを大量に売り建てるという手法は,決算対策を意図する被上告人の側の事情により行われたものである」などと指摘して,事案の投資家が玄人に近いとみるべきことを裏付ける事実を,いろいろと述べています。

しかし,規範のみが一人歩きを始めると,新聞やテレビで報じられており馴染みがある,というだけで,請求を否定しにかかる裁判官が出てくるように,金融知識の不足する法律家にとっては,重要度の濃淡を誤解してしまう原因にもなっているのです。

・投資の意思を決定したときの情報は?(具体的な危険性について問題の所在を誤解させる原因)

2つめの弊害としては,最高裁平成17年判決が「確かに,オプション取引は抽象的な権利の売買であって,現物取引の経験がある者であっても,その仕組みを理解することは必ずしも容易とはいえない上,とりわけオプションの売り取引は,利益がオプション価格の範囲に限定される一方,損失が無限大又はそれに近いものとなる可能性があるものであって,各種の証券取引の中でも極めてリスクの高い取引類型であることは否定できず,その取引適合性の程度も相当に高度なものが要求される」と指摘した点です。

現在では,投資家側の代理人も,強調して指摘することが多いであろう危険性の指摘ではありますが,具体的な事案の経緯から離れて,理論上の危険性を指摘するだけで裁判に勝てる訳ではないと思います。

仕組みからプットオプションの損が無限であることは明らかです。この点は,ドイツの有名な最高裁判決も指摘しています。

しかし,真に重要なのは,投資の意思を決定するときに,具体的な経済情勢を含めた価格変動要因などを,どの程度投資家側に知らされていたか?という問題です。

今後は,どのような情報を提供されたから,プットオプションの売りを選択した,という意思決定の問題になっていくと考えています。


« »
©2015 Makino Law Office. All rights reserved.