3月 03 2026
■ シミュレーションを示す義務(説明義務違反が認められた類型3)
・ 複雑な判断を求められる仕組商品
デリバティブによって生じるキャッシュフローを付加した債券を仕組債、預金を仕組預金、投資信託を仕組投資信託などと呼ばれます。こうした仕組商品は、従来の一般的な債券などとは異なり、元利金の受払いについて条件が付されています。複数の条件を前提に、期待できる利益や、早期償還の可能性などを合理的に考えなければならない商品で、機関投資家は、確率計算によって、期待できる利益を把握したり、購入後の相場の変化に応じて、リスクヘッジの内容を変えていきます。ところが、個人投資家に販売される仕組商品は、基本的には「売り切り」なので、投資元本に比べて、償還金額が極めて少なくなったり、ときにはゼロになることもある危ない商品です。
仕組商品やデリバティブ取引に関し、リスクとリターンについて正しい理解をし、その自主的な判断に基づいて当該証券取引を行うか否かを決したといえるために、業者側に、シミュレーションを示すことを要求する裁判例もあります。
オプションの価格変動は、原資産の価格変動とは一致せず、行使価格と原資産価格との差(本質的価値)や、取引日(評価日)とオプション行使日と残期間(時間価値)が影響して価格が変動します。
こうした価格変化の特性は、専門的な知識と経験がなければイメージするのが難しいと思います。そのため、裁判例においては、オプション価格の変動特性をイメージできない投資者に対し、具体的数値を伴ったシミュレーションを示して理解させようとしたかを問うような類型ともいえそうです。
・大阪地判平成23年10月12日
大阪地裁平成23年10月12日(判例タイムズ1373号189頁)は、
「 通貨オプション取引の際に必要となる担保は、…通貨オプション取引が終了するか、豪ドル相場が回復して担保返戻余力が生じるまでの間は、顧客はこれを自由に使用することができず、特に原告のような事業者にとっては、運転資金として使用する資産が減少するため、その不利益は重大である。また、顧客の予測に反して多額の追加担保が発生し、一定の期間内にこれを差し入れることができなければ、通貨オプション取引そのものが強制決済になるというリスクがあることからすると、追加担保がどのような場合に、幾らくらい必要となるか(担保返戻余力がどのような場合に生ずるのかという点も含む。)は、顧客が通貨オプション取引を行うか否かを決定する際に重要な考慮要素となるというべきである。したがって、顧客に対して通貨オプション取引を勧誘しようとする証券会社ないしその従業員は、顧客に対して、単に追加担保が発生する可能性があるという抽象的な説明をするだけではなく、為替相場の変動とその場合に必要となる追加担保額を顧客が具体的にイメージできるようなシミュレーション等の資料を示すなどして、本件取引の必要担保金額の計算方法の仕組みや追加担保に伴うリスクをできる限り具体的に分かりやすく説明する義務を負うと解すべきである。」としました。
・東京地判平成24年9月11日
東京地裁平成24年9月11日(金融・商事判例1448号42頁)も、
「 本件取引①は、…為替相場の変動による高いリスクを伴うものであることから、被告銀行及びその委託を受けて実際に原告に対する勧誘に当たった被告証券は、いずれも、原告が不測の損害を被ることのないように、原告に対し、その理解力に応じ、本件取引①の構造及び損益発生の仕組み、取引に伴うリスク等を説明すべき信義則上の義務を負い、これに違反したときは、当該義務違反による不法行為責任を負うものと解するのが相当である。そして、本件取引①については、その時価評価額が、…原告の被告銀行に対する担保の差入額の基準とされ、また、その取引の期間中に清算が行われるべき場合には通常その基準とされる(現に、本件取引の前記合意解約に係る解約精算金がその当時の本件取引に係る時価評価額を基準として約定されたことは、前記…のとおりである。)ことからして、被告らにおいては、本件取引①の時価評価額について、その変動要素の具体的内容も含め、原告にその変動によるリスクの有無及び程度をも具体的に説明すべき義務を負っていたものというべきである。」とし、
「 他方、本件取引①の時価評価額については、…丙川は、乙山らに対し、担保の差し入れに関して、上記時価評価額が実勢為替レートの変動、ボラティリティ、日米の金利差の影響により変動するものである旨の説明を行っていたものの、それらの要素がどのような要因で変動し、それらの変動が本件取引①の時価評価額に具体的にどのような影響をもたらすか等についての具体的な説明までは行わず、また、丙川が本件取引①の勧誘の際に原告に交付した本件各提案書にも、それぞれ、「時価評価シュミレーション」と題する表(当初の二年間ないし三年間の取引量が一〇万ドルであることを想定した時価評価額のシミュレーションが実勢為替レート一一五円から九〇円までの範囲で五円刻みで記載されているもの)が掲げられていたが、時価評価額の算定根拠や変動の要因等について説明する記載は含まれておらず、実際に、乙山らは、当時、通貨スワップ取引に係る時価評価額という概念自体については知り得ていたものの、その内容の詳細については理解するに至っておらず、丙川からの説明によっても、本件取引①の時価評価額がいかなる要因によって具体的にどのように変動するのか等を理解し得なかったことが認められるから、丙川による説明及び本件各提案書の記載の上記各内容は、本件取引①の時価評価額の変動要素の具体的内容、その変動によるリスクの有無及び程度等の説明内容としては甚だ不十分なものであったといわざるを得ない。」と述べています。
・ 大阪地判平成25年4月22日
大阪地裁平成25年4月22日判決(証券取引判例セレクト45巻99頁)は、日経平均株価オプション取引に関し、
「日経平均株価オプション取引は、その仕組みを理解するのが容易とは言えないほか、1000倍のレバレッジがかかっており、その売り取引においては、無限大又は相当に大きな損失が生じる可能性があるなど、極めてリスクの高い取引類型であったところ、被告は、本件オプション取引を開始した当時、G-ストック証券における1か月程度の取引をしたことがあったのみで、投資経験又は金融取引の知識もなく、本件オプション取引の目的としては小遣い稼ぎがしたいとの意向であり、リスクを厭わない積極的な投資意向を有してもいなかったのであるから、原告担当者は、これを勧誘する以上、顧客である被告に対し、被告の自己責任において自らの投資意向に沿うかどうかを見極めて適切な投資判断をすることができるよう、日経平均株価オプション取引の商品特性やリスク等を十分に説明して、その理解を得させるべき義務を負っていたものと言うべきであり、その説明に際しては、上記取引の複雑な商品特性及びその極めて高いリスク等に照らし、具体的な数値を用いて損益をシミュレーションするなどの方法を採るべき義務があったと認められる。」と述べています。
・東京高判平成26年3月20日
東京地判平成24年9月11日の控訴審である東京高裁平成26年3月20日(金融・商事判例1448号24頁)は、
「1審原告は、1審被告銀行に対し、時価評価額を基準として担保を預託する義務があり、同義務を履行しないときには、本件取引①の期限の利益喪失事由が発生及び継続することになり、取引の清算や損害賠償義務の必要が生じ得るところ、取引の期間中に解約により清算が行われる場合には、通常時価評価額がその基準とされる(現に、本件取引の合意解約に係る解約清算金もその当時の本件取引に係る時価評価額を基準として決められた。)。そして、…本件取引は、1審原告が本件取引①開始前に行っていた邦銀の通貨スワップ取引とは異なり、1審原告の購入レート条件が、固定レートの後に反比例方式となる点が特徴であり、取引が反比例方式になる期間は、期限前解約条項が機能しない限り、購入レートが為替レートの変動幅の影響を全て受けることになるから、交換金額の増額条件、契約期間の長さと相まって、本件取引の時価評価額は、他の取引に比べて変化の程度が相当大きなものとなる。そうすると、本件取引にとって、時価評価額は、取引期間中に、1審原告に担保提供という新たな支払を義務づける基準額となるとともに、解約の清算金の基準額ともなるところ、その変化の程度が相当大きくなり得るものであるから、1審被告らは、1審原告に対し、1審原告が不測の損害を被ることがないように、信義則上、時価評価額について、本件取引に組み込まれた取引の仕組みのうちの重要な部分として、その理解力に応じた説明をする義務を負っていたと解するのが相当である。」として、
「 そして、1審原告の通貨スワップを含むデリバティブ商品に関する経験からすると、Aらは、時価評価額という概念自体は知り得ていたものの、その内容についてはよく理解するに至っておらず(そもそも、その内容自体が複雑なものであり、現にZ1がAらに対し、本件取引開始後何回にもわたり詳細な記載のある説明資料を付して説明を重ねた経過からしても、正確な理解は容易でないものと解される。)、また、1審原告は、本件取引までに交換レートが反比例方式である通貨スワップを経験したことがなく、同方式は、邦銀においてはみられず、いわゆる外資系金融機関数社でみられた程度の、例の少ない、一般に馴染みのない取引方式であったことや金額の大きさなどからすると、1審被告らは1審原告に対し、① 時価評価額の変動要因(実勢為替レートの変動、ボラティリティ、日米の金利差等)と及び要因の変動の時価評価額への影響の程度や、② 交換レートの反比例方式が他の取引要素(交換金額の増額、長期間の取引等)及び時価評価額の変動要素と相まって、時価評価額を大きく変動させることを具体的に説明する義務を負っていたというべきである。」と述べています。
・東京地判平成26年5月15日
東京地裁平成26年5月15日(証券取引判例セレクト48巻205頁)も日経平均株価オプション取引に関し、
「まず、本件口座開設に当たり、原告が被告に交付した書面には、日経平均オプション取引の仕組み、同取引におけるリスクが一通り記載されてはいるものの、被告の投資経験が浅く、金融取引の知識がないことは前記したとおりであり、さらに被告の本件取引の目的は小遣い稼ぎであって、リスクを厭わない積極的な投資意向を有していたものでもないから、原告担当者は、これを勧誘する以上、被告に対し、被告の自己責任において適切な投資判断をすることができるよう、日経平均オプション取引の商品特性やリスク等を十分説明して、その理解をさせるべき義務を負っており、その説明に際しては、上記取引の複雑な商品特性及びその極めて高いリスクに照らして、具体的な数値を用いて損益をシミュレーションするなどの方法を採るべき義務があったと認められる。」としています。
・横浜地判平成26年8月26日
横浜地裁平成26年8月26日(判例秘書)は、次のように判示しています。
「 原告X2に対し,本件各商品のリスクの内容を具体的に認識させ,適切な判断が可能となるように必要かつ十分な情報を提供してその特性を理解させるためには,単なる数式を抽象的に示すのみではなく,本件各債券の特徴及びリスク,とりわけノックイン条件が成就した場合の満期償還額がどのように決定されるのか,条件次第では元本が毀損し,ゼロになる可能性もあること等を,参考事例に基づき価格・下落率等を例示したり,図示する等して説明すべき義務があった」
・東京地判平成28年4月15日
東京地裁平成28年4月15日(金融・商事判例1520号2頁)も、
「 本件第2取引のようなクーポンスワップ取引の際に必要となる担保は,…クーポンスワップ取引が終了するか,為替相場が回復して担保返戻余力が生じるまでの間は,顧客はこれを自由に使用することができない。また,顧客の予想に反して多額の追加担保が発生し,一定の期間内にこれを差し入れることができなければ,クーポンスワップ取引自体が強制決済になり解除清算金を負担するというリスクがあることからすると,追加担保がどのような場合にどの程度必要となるか及び強制決済によりどの程度の解除清算金が発生するかは,顧客がクーポンスワップ取引を行うか否かを決定する際に重要な考慮要素となるというべきである。」と述べて、
「 そして,…本件各取引については,契約期間が10年間と比較的長期間であり,その間,原則として解約ができないこと,原告は,その事業規模に比して高額の追加担保が発生することにより運転資金を拘束され,スワップ取引を継続できなくなった場合には解除清算金の支払義務が発生することに鑑みれば,被告の担当者は,原告に対して本件各契約を勧誘するに当たり,単に追加担保や解除清算金が発生する可能性があるという抽象的な説明をするだけでは足りず,追加担保及び解除清算金が,為替相場の変動に応じて,具体的にどの程度必要になるか理解できるように説明する義務を負っていたと解すべきである。特に,本件第2取引においては,…個別の取引は,円/米ドル為替レートが123.50円(契約時為替相場)から108.90円(条件相場)までの範囲の円安で推移すれば原告が利益を得る取引であるが,追加担保は,契約時為替相場から5円以上円高になる(118.50円/米ドル)と,1000万円単位で必要になるとされており,この点については注意が必要であったから,被告は,原告に対し,その点も含めて説明する義務があった。」としています。
・東京地判平成29年5月26日
東京地裁平成29年5月26日(金融・商事判例1534号42頁)は、
「もっとも、…戊原は、本件ロールオーバー取引について、原告乙山及び原告丙川に対し、SQ日までに日経平均株価が1万0500円を下回るリスクを回避できる旨を説明し、同原告らは同日中にこれを行ったところ、戊原が、本件ロールオーバー取引において売り建てたプット・オプションの権利行使価格をSQが下回った場合にどの程度の損失が生じるのかについて具体的な金額を当てはめて説明したり、あるいは、本件ロールオーバー取引によって損失が拡大する可能性があることを明確に説明したりしたことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、戊原は、…権利行使価格を下げることで安心を得ることができるという側面のみを強調して説明を行い、500万円程度の損失の穴埋めをするためにいかなるリスクを引き受けることになるのかについての具体的な説明は行っていなかったことが認められる。そうすると、原告乙山及び原告丙川が、日経225オプション取引一般の仕組み及びリスクについては十分な説明を受けていたことを前提としても、本件ロールオーバー取引の具体的なリスクを短時間で理解するための十分な情報提供を受けていたとは認められない。」としています。


